ブックタイトル塩川伊一郎評伝
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塩川伊一郎評伝
塩川缶詰合名会社の製品は数々の賞を獲得したただくことが、宣伝上大きな力となると考えたからである。閑院宮は馬の改良や軽井沢への避暑などの関係で皇族の中では佐久へ見えられる機会が多い宮様であった。「閑院宮様御愛用」という文字は宣伝の中でしばしば使われて、人々の目を引いた。明治三十九年十月、山梨県主催一府九県連合共進会に伊一郎は洋桃糖煮缶詰とイチゴジャムを出品し、共に三等賞銅牌を受けたのをはじめ、四十年四月には、東京府博覧会に洋桃缶詰を出品して一等賞を得た。続いて四十一年四月、長野県主催全国缶詰業者連合大会品評会で一等賞、京都全国製産品博覧会で三等と各地で開かれた、品評会・博覧会に出品し優秀な成績を上げた。森山の伊一郎家には今もたくさんの賞状が残されており、当時の活躍のあとが偲ばれる。これらの品評会や博覧会は、製品の良さをアピールする絶好の機会であり、塩川缶詰の名は全国に知れわたっていった。明治四十三年の大日本農会品評会に出品した洋桃缶詰の解説書に上げられている販路の項には、特約店としてヽ