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概要

塩川伊一郎評伝

屋でも買いしぶった。仕方なく、汽車賃だけでよいと八百屋へ安く売りたたくと、ほうほうのていで逃げるように帰ってきた。八人の同志たちは、せっかくできた桃をどこへどのように売ったらいいのか考えたが、名案はなかなかうかばなかった。困った時にはいつも木村熊二の意見を聞いてきた伊一郎は、再び小諸義塾の戸をたたいた。「桃はたくさんなるようになりましたが、さてその売り先として軽井沢のほかなく、多くの生桃をもてあましております」と訴えると、熊二は、「東京に出してみてはどうかね」と教えてくれた。勝太は長野市でうまく売れなかったことから、東京は道のりも遠いので失敗した時に困らないようにと、少しの桃をみかん箱に一三箱だけ持って出発した。上野で汽車を降りたがどこへ売ったらいいのかわからない。ものは試し、当って砕けよとばかり、停車場のそばに青物屋があったのを幸いに飛びこんだ。東京商人との初取引は吉と出るか凶と出るか、かたずをのんでいると、「こんなおいしい桃ならたくさんほしい」と思ったより高く売れた。暖かい東京近郊の桃は、完熟時期が終って品物がきれた時であったからである。取引成功であった。