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概要

塩川伊一郎評伝

と思うと、一歩一歩の足の運びも積もれば、大きなものだと驚くばかりである。しかし、足は痛み歩みはだんだんおそくなってくる。木曽川の流勢は急でごうごうと白波をたてながら岩をかんでいる。石はみがかれたように白く丸く、急な山の斜面にはヒノキが茂っている。けわしい山と深い谷の中ではあるが、新道が開かれて車と馬が通っていた。須原に着いて宿をとろうとしたが、裸足で行李を肩にかけた勝太の姿をみてあやしんだのか、みなことわられてしまった。この寒い山の中で野宿もできないので、後になってどんなに苦しむとしても、今夜は家の中でねむりたいと意を決していたのに、けがらわしそうに言われてはと勝太も腹を立てたがいかんとも仕方がなかった。半里程行って、露店らしい家の戸をあけて食事を求めた。昼飯はだんご四くしだけでしのいできたので、腹はへり、足は痛い。売りきれたとことわられたが、「飢えているので何でもいいから与えよ」と言うとかゆを出してくれた。ふところの金も少ないので多く食べることもできず、かゆ二椀と汁二椀をすった。これより五里もある福島まで行こうとしたが、泊るところもない。苦しさにまけて主人に腰掛で眠ることを乞うと、あわれみからか「然らば眠られよ、布団があれば貸したいが、我々もない、火をたいてやるから炉ばたで眠られよ」と薪をたいてくれた。かますを敷いてふとんもなく、寒夜に土の上に眠ることを許されたが、何と情ないことか、かますの上に横たわったが、なかなか眠ることができなかった。しばしば目覚め、夜中を過ぎると、寒さが身にしみて、とても眠れるものではなかった。起きては火をたき、あたたまってはうつらうつらとした。あまりの熱さに目をさますと、羽織は焼け、火は着物に移ろうとしていた。あわてて火を消し、また少し眠る間に夜が明けた。