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概要

塩川伊一郎評伝

場) 一貴匁金十六銭とすれば、実に一百六十円也。假りに今後は斯る収穫、斯る價格は期す可からざるとするも、尚一株金一円づつ即ち六十円以上の収益は確実なり。而して毎年風雨寒暑の別なく、此の収穫を均保し得るとせば、其の利益の大なる驚くべきものに非ずや。肥田一反歩の収穫より、瘠地畑の収穫反て優れるが如きに至りては、普通農家の信ずる能はざる処なり。然かも実際の事実は、之を証明しつゝあるを奈何せん。一得一失は数の免がれざる処、洋桃を以て多額の利益として危険の伴ふこと無しと軽信するは誤れり。弊園は桃樹の増殖又増殖に依りて独立経営、及会社の加入持合を加算する時は、自己所有の桃樹実に四千本以上に達せるに係はらず、或者は桃樹を伐採して桑園となせり。弊園にては一反歩一千貫以上の収穫あるに反して、或る者は全然無収穫なるあり。弊園にては美麗の大果を産出するに係はらず、或者は粗悪の小果を産せり。弊園の桃樹は強健繁茂せるに、或者は萎縮枯死するあり。多大の資本を投じて数年間経営せる事業、一朝にして大敗に帰す。豈寒心の至りならずや、斯く弊園は成功し、他者の失敗に終れるは何故なるや。他無し、土質種類の撰擇、其の宜敷を得ず、栽培の技術適せざる故なるなからんや。洋桃栽培の失敗する原因四あり。弊園に於て普通「日の丸水蜜桃」と称する処の者と、他に於ける在来種の小果、若くは「天津桃」「上海桃」等の支那種とは全く異種なるに係はらず、之を以て弊園の撰出したる信州の風土に適する良種なりと誤信し、殊に種苗の安價に迷ひ、所謂「安者買の元失ひ」に終る。是れ其の一なり。姦商の甘言に欺かれ、價格の低廉なるに迷ひ、台木違ひの種類を購入し、数年を出でざるに枯死するに至る。是れ其の二なり。養蚕に養蚕術あり、造家に建築術あり、果樹栽培のみ豈其の