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概要

塩川伊一郎評伝

者たる歴史を有す。若し余が之等の欠応にして洋桃栽培業者の眞利益を勧め、其の危険を誡志め、進んで斯業発展の一助となるあらば幸なり。抑も果実は、人躰の栄養上一日も欠く可からざるものにして、又衛生上至大の効力を有す。血液を清浄ならしめ、胃腸の停滞を療し、日常用ゆれば心神を夾快ならしめ、食後に喫すれば食物の消化を速かならしむ。されば西洋諸国にては果実を以て食卓上欠く可からざる必需品となすと、然れ共本邦果実は其の種類多しと雖も衛生上の價値に至りては疑なき能はず。或は胃腸を害するあり、或は諸病の因をなすあり。遂に国産物として輸出に適する者を認むる能はず。之に反して苹果桃の如きは生果にて販売し、乾菓・缶詰とするに適し、其の需用甚だ多志、茲に於てか余は明治十七年、苹果栽培に従事し、数千の種苗を移植し、数千の資本を投したるも、風土に適せざりしか栽培其の宜敷に適せざりしか、十有余年間の苦心経営一敗地に泥るゝに至れり。是が爲めに資産を蕩盡し人の嘲笑を招けり。当時の失望落胆今日追思するも獪且つ慄然たる者あり。之より先き、明治二十四年の頃、米国理学博士木村熊二先生の教を受け、洋桃苗を移植したるも、台木違にして枯槁するもの、生育の遅々たるもの、虫害を被れるもの、霜害を受けるものの続出し、憂愁の極、此の事業をも放擲せんとする事幾度、然かも木村先生の激励により、栽培を継続し、苦心に苦心を重ね、惨擔を加へ、遂に漸く一條の光明を認むるに至れり。光明とは何ぞや、即ち数十種の洋桃中より三種の良種を撰出したる事是なり。該種は成長迅速、収穫多量にして、果粒美麗豊大・香気馥郁たり。多年の愁眉初めて開く、当時の歓び知るべきのみ。