ブックタイトル塩川伊一郎評伝
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塩川伊一郎評伝
第一部第十一類品名洋桃缶詰一、製造法桃の将ニ熟セントスル一日前に採集シ、塩川式〓皮器ヲ以テ〓皮シ縦断シテ塩川式核抜器ヲ以テ離核シ之ヲ清水中ニ投シテ酸化ヲ防止シ、釜中ニ投ジテ煮沸スルコト三分間、手指ニテ圧シ試ミ柔カニ感スルヲ程度トシテ掬上ゲ、清水ニテ放冷ス。糖液ハ精製ザラメ十貫目ニ対シ、清水一斗八升ヲ注加シ煮沸溶解セシメ放冷シ、原料ヲ□中ニ詰メ糖液ヲ注入シテ密封シ、軽便蒸気釜ニテ八ポンドノ気圧ニテ五分間殺菌シ、克排気放冷シテ製造ス二、職エ徒弟数職工七人徒弟四人工男六人工女二十人三、学術応用発見功労明治三十二年ヨリ洋桃栽培ヲ開始シ、幾多ノ失敗ヲ重子、本邦ノ如キ高燥酷寒ノ瘠地ニ適スル良種四種ヲ発見シ、種苗ヲ繁植シ種苗ノ費代配布ヲナシ又ハ収利ノ暁ニ代金支拂ノ約束ニテ貸興スル等百方勧誘ノ結果、本郡ニ二百町歩ノ桃園・並ニ莓園ニ十五町歩ヲ開設スルニ至レリ明治三十年、東京ニ生果ノ販路ヲ開キ、多大ノ生果ヲ輸送シ、信州洋桃ノ名声ヲ擧ゲタリ。