ブックタイトル塩川伊一郎評伝
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塩川伊一郎評伝
▲刮目すべき今後の発展身は微賎の家に生れて胸に雄志を抱き、時に郷閭に斥けられ、時に窮厄に困められ、失敗に踵ぐに失敗を以てし、而も奮然として猛進邁往、終に其業を大成したる我が園芸王は、常に国家的観念を以て心と為し、己を捨てゝ世を拯ふに汲々たり、其製造に係る洋桃及苺缶詰の声価世に昂まると共に関東関西の代理店に依つて販路を全国に拡張したるに慊らず、更に東京日本橋区本材木町なる直輸出入商植田商店の手を経て米国に輸出するの途を開きたり氏以為く、果樹の栽培たる、樹枝の剪定、果実の間摘及採集、施肥除草等の作業は、総て機械力に依ること能はずして、何れも人力に待たざる可らざるものたるに於て、此種の園芸は米国の如き大農本位にして且つ労銀不廉なる国に適せず、須く我邦に於る斯業を奨励発達せしめて外国品を圧倒し、啻に其輸入を防遏するのみならず、盛に海外に向つて輸出すべし、幸にして其計画は能く金的を射、今や米国を始め上海、香港、浦塩、哈爾賓、大連、新嘉坡、布哇及び英国等に向つて輸出するに至れり、其販売額未だ多きに上らずと雖も、是畢竟缶詰製造高の少きに基因し、氏の製産せる洋桃、苺ジヤム幾十万個の缶詰を以てしては、到底内外の需要を充す能はず、即ち原料たる果実の生産不足なるの致す所、茲に於てか氏は果樹栽培に最も適当なる信州をして一大果樹園たらしめ、尚新潟方面にも及ぼして、遂に生糸に亜ぐの一大産物を造り、鵬翼を海外に搏たんとする計画中なりと言へり、其希望や遠大にして、其籌策や有偉なりと謂つべく、近き将来に於て其業成るの暁、