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概要

塩川伊一郎評伝

なり。是等の洋桃は能く繁茂し能く結実す、園芸王が経験を積みて其の栽培宜しきを得たるがためなりと雖も、然れども亦信州の気候果樹の栽培に適するに由らずんばあらず、詳言すれば気候寒冷なるを以て害虫を凍死せしめ、果樹をして健全無病ならしむ故に、東京市又は岡山県に於て果樹の害虫を豫防する為め、多大の労力を費すも尚且免るゝこと能ず、袋掛をなし又は薬液を注射して僅かに桃樹を結実を促す如きことなりきもの是なり、磽〓にして農作物の生産し能ざる地と雖も果樹は能く繁茂し、然も甘昧ある果実を結び一反歩少くも三・四百貫目、多きは一千貫目内外の収穫あり。更に其の信州に適当なる一の特色を挙げんに、桃の樹の徒長枝を生ぜずして其の作業に頗る好都合なるものあり。是に就て面白き話しあり、曽て農科大学の研究材料となれり、日本全国に其の名を知らるゝに至りし以来、農科大学生の実地研究として氏の桃園に来れるもの少なしとせず、然るに或る年来れる大学生の帰校後報告せるもの、中には「三岡の桃は、古芽にても結実」とありしより、忽ち大学に於て問題となり、古芽に結実理由なしと言ふ論より氏の許に照会し来れり。是氏の栽培に係る桃の樹は、徒長枝を生ぜずして其の枝極めて短く、新芽と古芽との区別一寸分り難き程なるにも拘はらず、如何に短き新芽にても必ず実を結べるにより、大学生の謬見に出でたるものにして、氏は此の旨を詳細に説明して回答したりと言へり。分りて見れば何んでもなひ話しなれども、大学生をして古芽に結実するものと認めしむるまでに、其の枝振りの他地方と異なるもの、確に桃の樹の栽培に適する一證を見るを得べし。(九)