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概要

塩川伊一郎評伝

況なりとて高値に買ひ入れたる處、荷数を沢山に送るに及んで、腐敗するもの多しとの苦情の下に代價を踏まんとする傾向となれるもの是なり。及ち、沢山の桃も遺憾なく売り捌かんには、生にてコナス外其の腐敗を防ぐ方法を講ぜらるべからざる場合とはなれり。知らず如何の方法に依って腐敗を防がんとする乎。生桃の腐敗を防がんために苦心の結果思ひ附きたるは罐詰なりき。且其の頃はイチゴの栽培亦目的を達して少なからざる収穫を見るに至りしを以て、イチゴも同じく罐詰と為すこととしたり。されど、茲に罐詰実行に際して一つの困難に遭遇せり。是迄の失敗に依りて財産の多くを失ひ果したるを以て、罐詰製造のために要する資金の欠乏を感じたるもの是なり。及ち大奮発を以て租先伝来の田地一三反歩を売却し、約五百円を得て其の資本に充てたる處、諸器機及び原料武力の買入れ等に悉く之を支払ひ盡くして、いよく罐詰の製造と言ふ時に至り、必要なる砂糖を買ひ入るること能はざる悲境に陥りたる。是に於て氏は、小諸町に赴きて大問屋の角権を訪ひ、刻下の窮状を打明けて、砂糖七十俵(時価七十円許り) の借用を請ひし處、同店にては之を承諾せず、製造せられたる罐詰も現金にて買ひ取るべきに付、砂糖も現金ならでは売却せずと答へたり。是れ理の当然なることながら、何となく情なきやうに感じ、角権と言う大問屋に断られる様にては何れの店に至るも其の結果知る可きのみと為し深き思ひに沈みながら同店を立ち去りたり。帰らん乎、砂糖の工面を附けずして帰りては、祖先伝来の田地を売却して漸くのことに整へたる是迄の設備無効に帰するを奈何せん。進まん乎。頼みにしたる大樹の下には己に雨(六)