ブックタイトル塩川伊一郎評伝
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塩川伊一郎評伝
伊一郎を支えた小宮山荘助の弔辞(前半は口絵参照)いころ、大島からの帰りに知っていたのではないかと思われます。父と私のほかに職人を一〇人ぐらいは一緒に行きました。たしか古結丑之助さんというお宅の建物をかりて工場にしました。道具はこっちのものを運んでいきました。煮る時のかきまわし方、砂糖の入れ方で味がきまるのでとても慎重でした。でき上がったボイルは、石油缶につめて汽車で三岡へ送り、信州産として売り出していました。本人も苦笑いしていたのを思い出します。大阪や宝塚から甲子園の附近の田んぼにイチゴがいっぱい作られていたので、それを買いとってジャムにしました。それをひまをみては小さい缶につめてラベルをはって明治屋へ出していました。県知事であった渡辺千冬さん(一八七六― 一九四○ ) と父は親交が深く、よく見えられました。そのお父さんの千秋さん(一八四三?一九二一